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TENSION LOVER(2015年の人生)

 

 1月

 比較的早い段階(確か正月ごろ)にもうダメだと悟る。近所(というほど近くもない)の、ロードサイドの畑の中にある冷凍肉の集配所(のような会社)に面接に行く。たばこを吸う社長に煙を吐きながら「この経歴じゃバイトも無理でしょ」と言われ、空白を「作家になろうと思っていました」と答える。結果的には雇ってやっても良い(主に社長と出身中学が同じだという理由で)ということだったが、有り体に言ってヤバそうな雰囲気だったので辞退する。

 食事や排泄などの介護をしていた飼い犬が死ぬ。18歳だった。16歳ころからはもう足も腰もヨタヨタで、家中を徘徊しては不適切な排泄をしていた。死ぬ直前は目も見えなくなっていたし、老いで衰えきってから逝った。死後は2日ほどしてから荼毘に付し、遺骨は埋葬せず今も仏壇に安置したままになっている。ふさわしい墓を建てなければならない。

 別れはつらく耐えられないのではないかと思っていたけど、不思議と悲しみは湧いてこなかった。最期を生きて死ぬ姿を看取ったからかもしれない。ただ寂しさだけが残った。愛していた。

 

 2月

 医者に通う。心療内科の常だが薬はまったく効いている感じはしないし、少なくともよくはならない。行政のサービスを利用するのが良いと考えて若者サポートステーションやジョブカフェに行くも、複数回通って「まぁお前のやりたいことをやったらいいんじゃねーの? 知らんけど」というような話にしかならなかった。当たり前だ。その他資格予備校、医療系の専門学校などの見学・相談に行く。

 

 3月

 よく覚えていない。職業相談などをしていた。高校時代の同級で去年から看護師になった友人から仕事の話を聞く。当時から付き合っていた一つ年上の先輩と結婚し、今年中には子供が生まれるらしかった。立派だった。彼は当時から目立つタイプなのに陰キャラ(当時はそんな言葉はなかったが)にも分け隔てなく接する不思議な男だった。一度俺の実家に泊まりにきたこともある。昔と同じようにふざけてヘラヘラしてくれるのが嬉しかった。

 精神的に不安定だった。幼なじみの友人と飲食店でピザを食べている折、急に泣けてきて迷惑をかけてしまった。

 

 4月

 友人から「共同でブログをやらない? 友達を集めて好きなことを書いてさ~」と持ちかけられ、面白そうですねやりましょう、として知人を集める。「楽しくできたらいいね」というようなポジティブな雰囲気だった。この月は東京に行き、そこでもう1人の旧友が共同ブログの執筆者になった。楽しい一時だった。

 複数の就職サイトに登録するが、受けた企業を書類で何件か落ちる。ハローワークの斡旋で電気工事士2級の講習を受け、学習をする。

 

 5月

 弱りきり、本来あまりいいことではないが父に「何か仕事の口はないか」と相談する。「一件だけ心当たりがある」と返され、父の住んでいる地域(県内だが父は単身赴任をしている)の建設関係の中小企業の会長と懇意だという。というより、その人が父がその地域に赴任するきっかけを作った人らしい。

 父の単身赴任と俺の大学入学は同時期だったが、この赴任は家庭環境においてはあまりいい状況を生まなかったので、胸の内は少し複雑だった。

 電話をかけると、会長から「話は聞いてる。親父さんとは竹馬の友だ。まずは遊びに来い」と言われ、行ってみると「すぐに来い」ということになった。豪放な人だ。それとも職業上豪放さを演出するのが求められているのか。両方かもしれない。

 ここに行くのはとても迷った。というのは「行く」とは言ってもどういう形態での雇用になるのか、賃金・待遇などの条件を何も知らなかったし、聞ける立場でもない。どんな業務内容なのかもわからなかった。

 ただ、「ゆくゆくは正社員として迎えないでもない」という言葉と、親の紹介ならそこまでひどいことにはならないだろうと思った。これは一般的な就職活動より遥かにイージーな状況だ。俺は恵まれているのだとも思った。信頼している人から「そのチャンスを活かさない手はない」「他に当てがないのなら行くのが常道」というアドバイスもあり、またそれは正論だと思った。

 とにかく会長からは「すぐに」と言われていたので、着の身着のまま、パソコンとモニタだけを持って父のマンションに転居する。下旬だった。電気工事士2級の試験は受けなかった。

 

 6月

 正確には6月ではなく5月の下旬からだが、出社し始める。中身はというと、俺と会社との間になぜか顧問の産業カウンセラーが入り、会社では丁稚奉公のようなことをして、午後の一定の時間からはその産業カウンセラーの事務所に行く。このサイクルを続け、産業カウンセラーがゴーサインを出せば給与の発生する仕事を任せる。まずはやってみろ、引きこもりの青年の社会復帰プログラムだ、冬くらいまで焦らずゆっくりやっていけ、ということだった。

 後半は少し腑に落ちないというか、なぜそんな話に……? と思ったが、同時にありがたい配慮だなとも思った。まったくもってつべこべ言えるような立場ではないし、とにかく指示に従う。実際に初日は促されて「社会復帰を目指しています」という自己紹介をした。なんというか、このときの俺は蜘蛛の糸が垂れてきたカンダタのような気持ちだった。

 会社では掃除と朝礼(ラジオ体操と体力トレーニングがある)、メーターの洗浄や外壁の塗装、草抜き……などのことをしていたが、はっきり言って責任の発生するようなことは何もしていなかった。

 産業カウンセラーの事務所だが、基本的に本人はその事務所を空けている。外でセミナーやコンサルなどの仕事をしているらしかった。新聞屋の紙置き場のようなスペースが決まった席になっており、俺は利用料として毎日500円を支払う。初日は「お前は社会常識が欠落しているからまずはこれをやれ」と秘書検定のテキストを渡され、ただ過去問を解いた。

 その後は特に指示はなく、自分で考えて勉強するか将来の “ 現実的 ” な計画を立てて提出しろ、という。考えれば考えるほどよくわからない状況だが、ここで「正社員にしてやらんでもないよ、ただし非正規から。それも○○さん(産業カウンセラー)がOKって言ったらね」と板挟みになる。自分で考えて勉強って、一体何を? 建設業経理士とかか?

 当の○○さんはいない。ネットの使える端末もない。500円を払い、物置の事務机の隅に座る。白い紙を前に、「あの、私は何をすれば……」「前言ったでしょ? 同じことを二度訊かない。自分で考える」の問答がループする。

 07:30 に出社、掃除と朝礼を行い、データ入力や用務員のような軽作業をして、会社を出て事務所に行き、このよくわからない時間を過ごす。一日の終わりにその日の日報を書いて会長、社長、産業カウンセラー、父の4人にCCで送信する。それが定められたルールだった。

 後でわかったことだが、彼女(女性だった)のいう将来の “ 現実的 ” な計画とは、つまり「行政から委託を受けてこの事務所が主催している就職セミナーに参加し、この地域の中小企業の面接を受ける」ということだったらしい。逆に言えばそれ以外の計画は現実的ではないし、許しもしない。そういうことだった。

 しかしそれでは、今丁稚をしている会社はいったい……。

 

 22日に○○さんに呼び出される。面談だった。

 「なんで私が書かなきゃいけないの? 何様のつもり?」

 「筆記用具を持ってない? 社会人が?w(急だったので会社の引き出しに置いてきてしまった。これは言われても仕方がない)」

 初っ端からこれだったが、黙って相談内容のメモを取る。

 あまり思い出したり読み返したりしたくないのだけど、印象的なエピソードとしてこの時点からちょうど一ヶ月前、会長がとある街へ出かけるため電車に乗り、俺の実家と方向が同じだったので、お誘いがあって同じ特急に乗車したという出来事があった。

 会長は「特急料金は俺が払ってやるよ。同じ電車に乗るのに違う車両じゃ寂しいもんな。隣に座って話でもしようや」とおっしゃる。恐縮したが、断るのも不自然なのでお言葉に甘えることにした。

 途中車掌が来て、指定券はお持ちですかと訊ねられる。会長がおごってくれた特急券は自由席だったらしい。「いくら?」「500円です」「あれ? 高くなったなあ」「消費税の値上げのせいですかねえ(適当)」などのやり取りをしながら支払う。スマホでお孫さんの写真を見せていただくなどしつつ、その後も車内ではいろいろな話をした。

 が、○○さんはこのことに怒っていた。激怒していた。というのも、会長が「あいつは俺の隣に座り、運賃を払わせて礼の一言もなく、あまつさえ車掌が回収しに来た指定料金まで俺に払わせた」と言っていた、というのである。

 ややこしいが、この出来事では乗車券+特急券(自由席)で指定席に座り、指定席料金を追加で払っている。このうち乗車券と指定券は俺が払い、特急券(自由席)を会長が払ってくれた。特急に乗ったのも隣に座ったのも促されて、厚くお礼を申し上げてのことだし、指定料金は普通に俺が払っている。つまり誤解だった。

 が、「そもそも要職に就いている人間の隣に同席すること自体社会人として不適切」「あまつさえそういう人間に金を払わせて返しもしない性根。額の問題じゃない」「お父さんの大切な友人にひどい無礼を働いたところで、あなたは『僕そんなことやってないよ~』と言えば済むんでしょうけど」「親と一緒に電車に乗って車掌さんが来たら隣に座っている親が払ってくれる高校生のような感覚」「会長や社長が何億稼ぐか知ってる? あなたのお父さんよりずっと稼ぐのよ」と続く。

 侮辱を受けている。少なくとも後半はただの侮辱だった。明らかに強い悪意を向けられている。誤解を主張してもすべて激しい語調と「社会人として不適切」で退けられる。なすすべがない。そのうち「誤解を生むような行動をしたお前が悪く、それは社会経験がないからだ」というのが正論ではないかと思い始める。

 でなければ会長が不快感を露わにしていることに説明が付かない。なぜだ? あのとき車内は穏やかだった。そもそも○○さんのこの圧迫にも何か意図があるんじゃないか? 彼女はプロだ。意味もなく相談者を面罵するだろうか。というか……この話そんなに重要か……? 500円だか1000円だか、一ヶ月前に乗った電車の運賃がどうだ、なんて……。

 結局この件は翌日に一ヶ月前の電車の運賃を封筒に入れて会長に手渡すとともに、非礼をお詫びすることで一応の決着がついた……だろうか。曰く「ん? おお気にすんなって。じゃあその金は玄関の、震災の募金に入れといてくれや」と。豪放なのか、豪放さを演出しているのかは、後者だろうなと思った。

 

 ○○さんの面罵はその後も続いた。

 「~あなたのお父さんよりずっと稼ぐのよ。その会長や社長が貴重な時間を割いて、会社に何の利益にもならないのに厚意であなたに職業体験をさせて、本来なら短いインターンシップ期間、それでも長い長いお礼状を書くのに、それもせず親の力を使って自分は何の努力もせず、2n歳にもなって……」

 俺はここでようやく今行っている活動は職業体験で、「行わせていただいている」のだと痛感する。わからないことも多いが、この面談についてはただ屈辱的だった。帰りは雨が降っていて余計に惨めな気分だった。この日から日報に【気付き】と【周囲の人への感謝】の項目を書くことになる。梅雨で雨の日が多く、移動は自転車なので合羽を着る。今日も明日も、日報を書く……。

 

 7月

 会社ではとにかく来る日も来る日も塗装と草抜きをした。暑さが増す。フェンスを塗り、ポールを塗り、外壁を塗り……。なぜ? 何のために? 極力考えないようにしていた。リンゴをかじるトムソーヤの挿絵が思い浮かぶ。あれはどこで読んだのだろう。とにもかくにも与えられたことを無心にやるだけだ。見えてくるものもあるだろう。ないか? 何もわからない。

 従業員の方々は気のいい優しい人が多かったが、話す機会はあまり多くはなかった。俺は主に外の作業をしていて、朝礼後はすぐに取り掛かっていたし、男性はみんな社用車で現場に出てしまうからだ。仕事をしている人にペラペラ話しかけるのも気が引ける。ただ声をかけられたり、気を使いながらではあるが自分から明るく声をかけたりして、思いがけなく長話をすることもあった。

 事務所の利用料はこの月から1日1000円になった。○○さんの意図がわからない。“ 現実的 ” な計画って何だ? この活動をしながら就職活動をすることなのか、それとも資格の取得でもするべきなのか。両方か? とりあえずCCNALPICの勉強をしようと決める。たくさん求人があるからだ。

 こういった方面で面接対策や研修なども含めて、29歳以下のニートフリーターの無料相談をしている人材会社があり、申し込んで土日に行ってみることにした。場所は渋谷だった。いろいろ話を伺うことができたが、求人についてはあまり色よい紹介はもらえなかったというのが実際のところで、経歴を考えれば当然だろう。他にもできる動きをしていくしかない。

 ……ということを考えて行いました、この線でやってみようと思います、と日報に書いたところ、○○さんから「私に相談もせず、周囲の人間に何の感謝もなく自分勝手なことばかりするなら、もう私も会長もあなたのサポートはできない」とお叱りを受ける。意図が読めない。どうすればいいんだ?

 1000円払って誰もいない物置きの長机の端に座る。6時間ほどそうする。俺はこの時間と機会を「与えていただいている」。禅問答のようだ。結局、この事務所が地域の試験会場になっているMicrosoft Office Specialist試験を受けることにした。○○さんに伝える。「ふーん。じゃあそうすれば?」どうやらこれは正解だったらしい。

 PCは持ち込み、テキストも自費だ。誰かに教えてもらうわけでもない。取り組んでみてわかったことだが、MOSはWordもExcelも落ちるような試験ではなかった。人によっては無勉で受かるだろう。通常のオフィスワーク(がどういうものか正直わからないが)では使わなさそうな機能についても学習する。家でやっても同じじゃねえかなとかは考えないようにしていた。

 この月は会社の人たちと山のほうでボランティアを行い、その後キャンプをするというイベントに参加した。外でのボランティアは5月にもした。楽しいアウトドアを体験させてもらえる反面、気を使ってひどく疲弊するのもあり……。

 

 8月

 暑い。ペンキを塗る。汗をかく。ペンキを塗る。ペンキだけが人生だ。

 当初から社長は俺に好意的で、よく声をかけてくれる。明朗快活を地で行く人で、裏表がなく、そして徳が高い。若くして社長になるには理由がある。その立ち居振る舞いや利他の精神は学ぶべきものがあった。面談で聞かせていただいた話にも感銘を受けたし、素直に「この人のようになりたいな」と思った。人間力は実在する。少なくともこのときはそう思った。

 そして社長は会長を心から尊敬しているのだという。曰く「あのじいさんはすごいよ。俺はあの人に少しでも追い付きたくてやってきた。うちの初期のメンバーはみんなあの人の本当の息子なんだ。俺たちは彼のイズムを継承して、恩返しをするために働いている」と。

 しかし残念で、かつ寂しいことだが、俺はその偉大な会長にあまりよく思われていないようだった。会長は講演などで会社を空けていることが多く、顔を合わせる機会もほとんどなかったが、特に7月中旬ころからは顕著だった。

 MOS WordとExcelはそれぞれ2週間ほどで受かった。時間をかけすぎだ。しかし易しい資格でも合格は嬉しい。翌朝、会長からお声がけがあった。「○○さんとこでパソコンの試験に受かったって?」謙遜しつつ「そうなんです。でもあれ受験料が高いんですよ。だから無駄にならなくてよかったです」と答え、他の方も交えてしばし談笑する。

 しかしそんな出来事も、○○さんには「あいつは朝礼の後に俺から話しかけるまで合格の報告もせず、最初に出てきたのは金の話だった」と伝わっていた。曰く俺は周囲の人に多大な労力と感情を拠出させ、またそれを踏みにじり、なぜか被害者ぶっている。搾取することしか考えていない手に負えない人格破綻者で、今後の人生で誰からも厚遇されることはない、というようなことだった。

 これは実際にメールに書いてあったが、途中からは少し狂気を感じた。タイムスタンプは明け方の3時だった。気力を失うというか、一転してバカバカしく、もうどうでもいいな……という気持ちになる。

 俺は○○さんのカウンセラーとしての資質であるとか、その人格についてコメントするつもりはない。またそんな資格もない。○○さんは刻苦勉励に励んで資格を得、開業し、必死に働いて行政から厚遇され、実績を築いてきた。そこに社会正義が担保されている。単純に「どうやら○○さんと俺は合わないらしい」と、もうそう結論付けるしかないだろう。

 他にもいくつか小さなエピソードがあったが、このメールを以って今やっている活動は8月末で打ち切られることになった。「そうか」と思った。

 

 盆前は会社の大そうじをして、お中元に缶ビールを何本かいただいた。雇用されてすらいないがクビが決まったのもあり、死ぬほどアクションゲームがやりたくなってきた。もうまともなゲームは1年以上やっていない。となればここはベヨネッタ2だろう。Wii Uを買う。黒が欲しくて、オークションでゼノブレイドクロス同梱版の新古品を落札した。

 俺はPS4もXbox Oneも持っていないから、現世代機はこれが初めてだ。腐らせているWiiバーチャルコンソールも引っ越ししたかったし、話題になっているスプラトゥーンもやってみたい。だからWii Uは懸案だった。

 しかしタブコン(Wii U GamePad)はデカい。タッチパネルディスプレイは2012年でも遅きに失しているし、Wiiで提案したリモコン+ヌンチャクの操作性はきれいになかったことになっている。何なんだ任天堂

 後方互換Wii U上でWiiをまるごとエミュレートする仕様になっているから、Wii VCのプレイ時にWiiメニューを選択する、そのひとポチのためだけにWiiリモコンとセンサーバーが必要なのも驚きだった。引っ越しさせる気ないだろ。

 ベヨネッタ2を2日でクリアして、スプラトゥーンに取り掛かった。両方マストで何回も起動するだろうからダウンロード版だ。そのためにHDDも用意した。わざわざ買わないでも、標準で本体メモリの容量がもうちょっと多くてもいいと思うんだけどな……。

 スプラトゥーンは任天堂が満を持して発売したオンラインマルチプレイ主体のTPSで、カバー、リロード、ダッシュを「潜伏」というギミックに集約、インクによる陣取りの要素を絡めた新しいゲームだ。E3での期待度も高かった。ビビッドでかわいいグラフィックデザインに音楽、バックストーリーも秀逸。女性声優が出てきてライブをしないところもいい。

 簡単な操作に新しい仕掛けを取り入れたバーチャロンライク……って言い方はちょっと乱暴か。スマッシュブラザーズは格ゲーに同じアプローチをしたものだけど、任天堂はこういったライトユーザーへのローカライズというか、翻案、噛み砕き方が非常に巧い。そしてヒットする。

 ナワバリバトルに限ってはだけど、何よりこのゲームは陣取りだから、基本的には殺し合いじゃなく色を塗った面積で勝敗が決まる。平和だ。一つのロビーに接続したプレイヤーは1試合ごとにシャッフルされるから、負けて悔しい思いをしても、さっきの強敵が今度は心強い味方になったりする。

 これだよ。年齢も性別も国籍も関係なく、世界中のみんながこのゲームで楽しく遊び、Miiverseを介して笑顔になる。完全に任天堂だ。任天堂の理想郷がある。むしろ俺たち一人一人が任天堂なんだよ。R.I.P Satoru Iwata。

  盆休みはこんな調子で過ぎた。

 

 8月の終わり

 外壁の塗装は盆までに終わった。会長の駐車場に面した壁は特に念入りに養生をして、ビタッとした見切りが作れたと思うが評価してもらえただろうか。会社の裏にびっしり生えて木質化したツタを折っては片付け、折っては片付け。仕上げに黒くなったコンクリート壁に高圧洗浄機をかける。

 高圧洗浄機はアメリカ映画の芝刈り機とかに出てくる、ガソリンエンジンで動くタイプのやつだ。ホースで引いた水をバケツに溜め、スターターの紐を引っ張り、水圧の力で汚れやカビを吹き飛ばしていく。たまに虹が出来る。夏にぴったりの作業だった。少なくともペンキ塗りよりずっといい。

 あとはアスファルトに塗った白線にビーズを撒いたりした。夜間に車を運転していて、白線に前照灯が当たると反射してキラキラ光る。あれだ。あの反射材はビーズだった。

 最終日の前日は会社近くの飲食店で送別会を催してもらえることになった。ありがたい。集合時間前に会社に来て、会長に挨拶をする。無視。露骨だ。きつい。

 送別会が始まる。会長は「お前に説教したくねえから30分で帰るわ」という条件付きで参加してくれた。曰く「2n歳には見えないほど老けている」「姿勢が悪い」「まあお前は生活かかってないもんな。女でも作ってその女のためにやれや」と。最後に「お前は欲がないな」というお言葉を賜り、退店時に店の外まで見送りに出て、「そういう気を使いすぎるところがよくないんだよ」で終わった。

 その後は会社の人がどんどん集まってきて、憂さ晴らしのどんちゃん騒ぎになった。「塗装屋さん塗装屋さん!」「ペンキ屋さんまあ一杯!」日本酒とビールを違うグラスにどんどん注がれ、早いピッチで交互に飲み干していく。会社の人たちといろいろな話をした。というか傾聴した。下世話な話題が多かったかもしれない。後半はよく覚えていない。

 目を覚ますと朝、居室だった。タクシーで帰り、家に入れず路上で寝ていたらしい。髪の毛に砂が付いている。おそらくは肝臓が強いので二日酔いはそこまでひどくもなく、ただ身体がだるい。

 不意に猛烈に悲しくなる。悔恨だ。この3ヶ月のことではない。人生に対しての激しい悔恨。横になると涙が溢れてくる。丈夫な身体より丈夫な心が欲しかった。しかし今日は最終日だ。決まった時間に行って挨拶をしなければ……。

 

 酒が残っていて身体がだるいので、事務所には少し休んでから遅れて行った。着くと○○さん。「なぜ遅れてきたの?」猛烈に詰められる。お前のような自分をコントロールできない人間が酒を飲むのは不適切、飲ませるほうも不適切、私は会社の人に注意の連絡をしなくちゃならなかった、そうさせたお前は不適切、この事務所を、私を舐めてる、お前は誰からも相手にされない……。

 わかったよ。わかったからもうやめてくれ。だってあなた、いないじゃないか。それに俺はここで何かやることも、してもらうこともない。今日ここで何かあるなんて話も聞いてない。ただ毎日自習スペースをお借りしてありがとうございました、とひと言挨拶しにきただけだ。

 そもそもあんたがいつもやってるこれ、何のカウンセリングなんだ? ただのヒステリーじゃないか。侮蔑や罵りの言葉を散々ぶつけるのがうまいやり方じゃないことくらい、素人の俺だってわかるよ。

 ……そんなことを考えながら最後の面談をした。とにかく俺はADHDか何らかの精神疾患に違いないから医療の力を借りなければならないし、人に言われたことを言われたとおりにやる単純作業しかできないから、工場のラインで働くのがいいんじゃないか、とのことだった。そうかもな。そう思ってろ。

 あと「現にあなたはこの3ヶ月間就職活動をしなかった。私は止めていないのに」と。もうめちゃくちゃだな。止めたじゃねーか。

 それから、お前の父親もおかしいからお前の “ 指導方針 ” についてカウンセリングしたいし、予約を取ってここへ来るように伝えてくれ、ということだった。ちなみに○○さんも父とは10年以上前から親交がある。元からそんなに信頼しあうような関係でもなかったのかもしれない。わからないが……。

 あとよく知らないうちに事務所が行政からの委託で行っている就職セミナーに申し込まれていて、俺は9月からそれに出ることになっていた。正直もうこことは関わりを持ちたくないが、もしかしたら何かいい情報が得られるかもしれない。何でもやっていかないとな……。

 

 俺が会長の機嫌を損ねた理由はわかっている。俺は一度も、「絶対にここで働きたいんです。会長と社長の下で、この地域のために、この会社の一員として生きていきたいんです。お願いします。何でもします」とは言わなかった。おそらくは会長は俺がそう言うのを期待していて、俺はその期待に応えなかった。

 会長からすれば「この俺がチャンスを与えてやったのに」ということだろう。「お前は欲がないな」というのはつまりそういうことだ。しかし言ったところで結果は変わらなかったかもしれない。非正規が1人もいない、職人と事務員だけの会社で高齢の未経験者に果たしてポジションがあったのかは疑問が残る。

 社長から「元々お前を正社員にするつもりはなかった」という話も聞いた。今回のことは会長が父に頼まれたので断れず、しかし責任は取りたくないので○○さんと社長に丸投げ、長期化すると困るので○○さんは俺を詰めて自主的に辞めさせる、ということで手筈が整った上での顛末だったようにも思えてくる。

 とにかくわからないことが多く、3ヶ月間刻々と状況が変わっていった。ある人からは「秘書検定のテキストを渡された時点で辞めろよ。お前よく我慢したな」と言われた。経験で判断できなかったというのが正直なところだ。この程度のことはよくあることで、俺以外の人たちもみんな堪えているに違いないと思っていた。

 後日、父は本当に予約を取って○○さんの事務所へ面談に行った。「まあ今回のことはお前には悪かったと思う。お前の親父なんてこの程度の人間だよ。ただの田舎の役人だし、その友達もろくなもんじゃないってことさ。人なんか頼ったってしょうがないぞ」と。とんでもない。ありがたかったよ。いろいろ勉強になった、と言った。

 2015年も夏が終わる。未だに時間は俺の外側を流れている。

 

 9月

 複数回に分けて行われた就職セミナーは率直に言ってあまり役に立つものではなかった。それでも面接練習の回だけは学びがあった。やはりとても緊張するし、うまく話せない。対策を立てて練習をしなければならない。

 参加者はなぜか全員20代の男性だった。複数人に声をかけ、セミナーが終わるたびに連れ立ってファミレスへ行く。元からセミナーの内容どうこうより似たような境遇の人と話したかったというのがあって、俺としてはむしろこっちがメインだった。

 年齢も境遇もそれぞれ違っていたが、共通するのは「一見普通っぽく見えるけど心が弱そう」ということだった。俺もそうかもしれない。そして地方には仕事がない。それでも知り合ったばかりの俺たちは多分久しぶりに楽しく、CLANNADがどうだ、ガンダムがどうだ、イギリスのロックバンドがどうだなどのくだらない話をしていた。

 このうちの何人かとはその後も交流が続き、ラーメンを食べに行ったり映画を観に行ったりするようになった。友達が少ないのも俺たちの共通点かもしれない。

 

 9月の終わり 

 職業能力開発短期大学校の見学に申し込む。いわゆるポリテクカレッジだ。文科省でなく厚労省の管轄なので学歴にはならないが、ほとんどタダみたいな学費で資格の取得ができ、就職率も高い。日本版デュアルシステムという仕組みがあり、2年目からは企業内実習を行う。マッチングすればそのまま実習を行った企業に雇用される。そういう触れ込みだった。

 情報系で日本で唯一この制度を実施しているところが京都にあった。時間はかかるが20代のうちにスキルを身に着けて安定した雇用が望めるのなら、そう悪くはない選択肢のように思えた。

 一路、京都へ。旅に出るのは何年ぶりだろう。収穫があるといいが。

 学校のある街には見学会の前日に着いた。安宿のようなところがなかったので、仕方なく予約してあったビジネスホテルに泊まった。俺が今まで住んだことのあるどの地域よりも人口が少なく、若い人はあまり歩いていない。というか人がいない。冬は雪が降るらしい。京都というよりは山陰地方だ。軍港のある寂しい港町だった。

 結論から言うと、入試は数学ⅠAと英語があるが倍率は1倍を切っており定員を割っている。それでも出願者は少なく、入学するのは他府県はおろかこの地域の18歳がほとんどだった。つまり求職者向けのものではない。全学年で10人ほど、高齢者(30歳くらい)は1人だけいるが個人事業主。実習はすべて周辺の中小企業で行われ、製造業が多く、就職率は悪くないが3年以内の離職率が高い。

 また情報系のデュアルシステムを実施しているのがここにしかないのは、単に人口の多い地域で行うと国の職業訓練校が民間の専門学校を圧迫することになってしまい、周りにそういう学校がないレベルの田舎にしか設置できなかったからだ。そもそもデュアルシステムは名ばかりの制度でしかない、ということだった。

 授業見学もした。私塾というか、街のパソコン教室みたいな雰囲気だった。Illustratorラブライブの絵を描いている人が「ことりちゅん(・8・)」と言っていたのがなんだか印象に残っている。

 つまり俺は何か勘違いをして遠くからやってきた気の毒な人だった。職員の方が腹を割って実情を話してくれたのもそのせいかもしれない。自分も能開大を出てそのまま指導員になった、横浜に妻子を残してこの街に来てる、準公務員だが給料は安い、生きていくのは大変だ、お前も頑張れ、と。

 車で駅まで送ってくれた。学校は駅からさらに離れていて、元々本数の少ないバスはこの時間既になくなっていた。またズレたことをしてしまったな、と思いつつ京都に戻る。ローカル線だった。車内には制服を着た高校生、車窓には無限に似たような田園が続く。田舎の電車だ。どこも変わらない。

 夜の京都。この日は数年前に話題になったデザイナーズ系のカプセルホテルに泊まった。内装が2001年宇宙の旅ディスカバリー号のようになっていて、無機質でクールな雰囲気だった。ネットの割引で1泊2800円。悪くはない。明日は観光でもしようと思いつつ横になる。

 京都に来たのは中学の修学旅行以来だ。長い時間が経った。あのとき同じ班だった女子、今は成人女性だが、彼女は医者になった。俺は何も変わっていない。このまま死ぬのだろうか。

 

 翌日。龍安寺金閣、二条城に行くつもりだった。が、京都は広い。本当に広かった。不慣れなので何となく有名な神社仏閣は頑張ればすべて京都駅から徒歩で回れるようなイメージを持っていたが、まったくそんなことはない。そういえば修学旅行でも移動はタクシーだった。ものを知らないにもほどがある。

 この日から連休だった。観光客が多く、長居するなら先に宿を探さなければならない。それに着替えをほとんど持ってこなかったから明日着るものがない。カプセルホテルには洗濯機がなかった。洗濯可の安宿を探し、荷物を置いて、それから出かけることにする。

 宿探しは難航した。連休の当日だから当たり前だ。電話をかけ、一件だけ泊まれるところがあった。下鴨神社近くの古民家を改装したゲストハウス。一泊2500円だった。市バスでそこに向かう。

 宿に着きチェックインを済ませると、ドミトリーの部屋に通される。二段ベッドの下の段だった。何とも風情がある。出かけている人もいるようだが、リビングでは何人かの人が既にくつろいでいて、一見して誰がスタッフで誰が宿泊者なのかわからない。ゲストハウスは初めてだが、面白い空間だなと思った。

 洗濯機のほか、台所も自由に使えるようだった。近所には安いスーパーや惣菜屋などもある。今日は作って食べてもいいな。食費も浮く。学生街だからなのか観光地だからなのか、この宿だけでなく近隣にも何をして生きているのかよくわからない若い人たちが大勢フラフラしている。左京区。いいところだ。

 

 元々いい天気ではなかったが、ここで急に雨が降ってきた。参ったな。これじゃ洗濯しても明日までに乾かない。観光もしたいのに……。宿には乾燥機がなかった。結局、自転車を借りて近所のコインランドリーに向かう。チェックインを済ませて数分で洗濯可の宿泊施設を選んだ意味がなくなってしまった。

 コインランドリーには外国人の先客がいた。白人だった。東欧系だろうか。俺は外国に行ったことがないし、見た目で国籍まではわからない。履いているズボンも洗うことにした。宿の人に分けてもらった洗剤を入れ、パンイチでベンチに座って洗濯が終わるのを待つ。

 外国人の先客と入れ替わりにおばさんが入ってきた。話しかけられる。

 「ここはどういう人が利用するん?」

 「単身者の方や、近所にゲストハウスもありますから、外国の方も利用するんじゃないでしょうか」

 「ほんならおたくも外国人?」

 「いえ、僕は日本人ですよ。旅行者です」

 面白いおばさんだった。日本語の巧い外国人に見えたのだろうか。季節の変わり目やろ、肌掛け布団を洗濯してん、肌掛け布団はなおす前にパリッとせなあかん、せやから乾燥機を初めて使いに来てん、近所に住んどるおばさんや、とのことだった。とにかく無限に喋る。

 そのうち集団的自衛権の話になった。おばさんは賛成だった。曰く「なんや若いもんは選挙にも行かんと、自分らが戦争に駆りだされそうになったら国会の前でプラカード持って反対反対て。アホちゃうか。だから日本がダメになるんや。せやろ?」と。「そうですね。選挙なら僕は行っていますよ」と答える。

 「東京でオリンピックなんかやらんでええ。なんやあんなとこ、ゴチャゴチャして。上野なんか、田舎やんか」

 「それなら大阪はどうですか」

 「あかん。大阪もゴチャゴチャしとる。もっと田舎でやったらええねん。長野とか、山梨とか」

 「長野でオリンピックなら以前やりましたよ」

 「そうなん?」

 面白いおばさんだった。乾燥が終わる。人と話すのは楽しい。

 

 宿に戻ると既に夕方だった。スタッフなのか長くステイしている人なのかわからない人たちが一緒になって夕食の準備をしている。天気も悪いし遅くなったし、観光は明日にしよう。何かお手伝いしましょうか? と訊ね、大丈夫なので待っててください、と返される。ミルフィーユ鍋。俺も食べていいのか。

 鍋を囲んだのは10人で、そのうち6人は宿のスタッフだった。女性が多い。宿泊者は京都の女子大に英語の資格試験を受けに来た金沢の女性、京都の寺院にヨガの偉い先生のセミナーを受けに来た浜松の男性、アルゼンチン人の男性旅行者、俺の4人である。なぜかスタッフの方も京都の人は1人もいなかった。

 アルゼンチン人の旅行者、彼は27歳のアーティスト(絵描きだろうか)で、主にヒッチハイクで世界を旅してきたのだという。世界地図を指差しながら、地球を股にかけた壮大な冒険の話を聞かせてくれた。ロシアからモンゴル、モンゴルから中国と国境を越え、またロシアに入る。ユーラシア大陸はそうして横断した。

 飛行機で日本に来て、日本も長距離トラックの隣に座っていろいろなところへ行った。ナガノのオブセにあるホクサイのギャラリーは特によかった、と。俺は北斎館には行ったことがないし、小布施は栗を使った和菓子のイメージしかない。

 ミルフィーユ鍋は正直なところ別においしくはなかった。昔あまりにもお金がなくて鶏肉の代わりにベーコンを使った鍋をよく作ったが、その味に似ていた。ただ会話が楽しいので本来よりおいしく感じる。素晴らしい夕食だ。

 そのうちアルゼンチン人が置いてあったクラシックギターを弾き始める。フラメンコみたいなよくわからない情熱的な曲だった。みんな歌っていたので俺もなんとなく歌う。楽しい。最高じゃないか、ゲストハウス。2500円しか払っていないのに鍋と酒と楽しい会話と異国の音楽が出てくる。

 しかし経営者以外のスタッフの給料はどこから出てくるのだろう? そもそもこの宿の管理に6人も7人も必要だろうか。謎は尽きない。タイミングを見て質問してみよう。たばこを吸いに席を外す。夜も更けてきた。準備もせずに食べたのだからと後片付けを申し出るが、それもしなくていいという。上げ膳据え膳だ。申し訳ない。

 コップを洗っているスタッフの女性の1人に話しかける。彼女は俺と同い年だった。高校を出てから無職だったりフリーターだったりしたが、ツイッターで趣味(ロック音楽のマイナーなジャンルらしい)をきっかけに知り合った人の誘いでここで働くことになり、新潟から京都へ来たのだという。そういうこともあるのか。

 いろいろな人生がある。しかしよく考えなくてもこの日は洗濯しかしていない。でも疲れたので風呂には入らずに床に就いた。

 

 明くる日。早めに起きてシャワーを浴びるも、結局10時ころまで宿のリビングでボケっとしていた。さっそく今日の宿泊者の方がチェックインしに来たが、スタッフの人は寝ていたので代わりに俺が対応する。歩いて京大に出かけ、学食で朝だか昼だかわからないめしを食べた。戻ってきて荷物をまとめ、宿帳に感謝と尊敬の言葉を書く。龍安寺に向かう。

 龍安寺石庭。井上靖の描写力はすごい。俺はこの庭を見ても「なんだかすごい庭ですごく風流だと思いました」などの小学生並みの感想しか出てこない。でも、なんだかすごい庭ですごく風流だった。しかしこれで満足してしまった。二条城の襖絵(狩野探幽)と金閣は、以前実物をまじまじ見たことがあるし、また今度でいいかな……と思い始める。

 

 京都駅に戻ってきた。これからどうしようか。よし神戸に行こう。理由は行ったことがないから。神戸で何をしよう。食べもの関係はなんとなく高級でお金がかかりそうだ。行くところも、北野異人館街か有馬温泉くらいしか思い浮かばない。ハプニング☆ロケでやよいはどこに行っていただろうか。思い出せない。というかあれももう10年前か。

 知らない土地に来て気が大きくなっているのかもしれない。どうせなら普段なら絶対行かないところに行こうと考える。ウーンウーン。

 ソープランド、か……?

 突拍子もない考えではあった。解説しておくとソープランドというのは日本で唯一合法的に本番行為(つまり性交渉)ができる性風俗店の営業形態のことである。これは「個室で自由恋愛が行われる特殊浴場」というアホみたいな言い訳でなぜか管理売春にならない。そして神戸には福原という関西一のソープ街がある。大阪や京都には条例でソープランドがない。

 それに確か、関東(吉原・川崎など)より関西のほうが1万円ほど相場が安いと聞いたことがある。うう、「行ったことがない」「神戸にしかない」「普段なら絶対行かない」をすべて満たしているぞ……。俺は女性のいる飲食店や風俗などのお店には今まで一度も行ったことがない。秋葉原メイドカフェにちょっと詳しい程度だ。体験してみたい気持ちはあるが……。

 行こう。

 行って、経験して判断しよう。それしかない。

 決めてしまった。しかしそうと決まれば予約が必要だ。どこのお店が評判がいいのだろう。調べる。爽やかな秋空の下、京都駅ビル大階段。ここに無限にiPhoneをいじる鬼が生まれた。調べている内容はソープランドについてである。地上は地獄と化す。ああ輝きの社会の底を、歯ぎしり燃えて行き来する。俺は一人の修羅なのだ。

 「はい、(店名)です」

 「当日ですが、予約をお願いしたいのですが……」

 「ご指名の女の子は?」

 「(源氏名)さんでお願いします……」

 「(源氏名)ちゃんは今日出勤ですね! 人気の子なのでいっぱいになってきていますが、時間のほうは?」

 「あ、空いている時間でけっこうです……」

 「では1n時で! 予約時間前にこの番号に確認の電話を入れてください!」

 「承知しました。よろしくお願いします」

 予約してしまった。この間1.5時間ほど。声は震えていた。通常、こういったお店を予約する際は客のほうも自衛のために偽名を使うらしい。ネットにそう書いてあった。なのにとちって普通に本名を名乗ってしまった。復唱され、俺の苗字は関西弁だと発音が変わることを知る。

 とにかく予約はしてしまった。1n時になると目元の涼やかなものすごいナイスバディの人が出てくる。大変なことになったぞ……。

 

 神戸に来た。1n時まで当てもなく街をさまよう。なんとなく雰囲気が川口や川崎に似ている。ほとんど住宅街だ。それともたまたまそういうところを歩いていたんだろうか。目的はない。行くところもない。お腹も減っていない。

 マクドナルドに入った。100円のコーヒーを飲む。フリスクを口に放り込んでガリガリかじる。なんか話したりするのかな。何を話せばいいんだろう。(店名)の(源氏名)さんブログを精読する。事前情報は重要。マナーやエチケットについてはだいたい全部知っている。他にわからないことはないか。

 髪の毛はセットするのが面倒だからずっと短く切っている。入浴は宿で済ませた。きれいに顔を剃り、歯磨きもした。服は昨日洗濯したばかり。爪も短い。荷物を持って歩いたから少し汗をかいてしまって、その点だけ不安だが……。

 急に逃げたくなってきた。怖い。でももう確認の電話を入れてしまった。その際、

 「ネットからのお客様は無料でコスプレができますが? スクール水着、ブルマ、メイド、チャイナからお選びください!」

 「ぶ、ブルマでお願いします」

 というやり取りがあった。行けば目元の涼やかなものすごいナイスバディの人がブルマで出てくる。俺が観測することでその世界線が確定する。ゼロ年代の物語系想像力は崩壊し、テン年代の圧倒的なリアルが襲いかかってくる。何を言っているのか俺もよくわからないが、もう覚悟を決めるしかない。

 マクドナルドを出て少し歩いたものの(店名)の場所はすぐにわかった。入店する。男性従業員、無駄に人数が多く、やたら威勢がいい。声を張りすぎじゃないのか。そして見た目がいかつい。もしくはとっぽい。下手な真似をしたら全殺しなのはいいけど、そんなにオラつかないでくれ。気圧されてしまう。

 料金を支払って番号札を受け取り、待合室に通される。料金は入浴料とサービス料が一括。いわゆる総額表示だ。個室に入ってから法外なお金を請求されて怖い思いをしたりする心配がない。待合室は在籍しているサービス提供者の人の写真がずらりと貼ってあって、先客が10人ほど詰めていた。客はなんとなく年配の人が多いイメージだったが、冴えない大学生風の若者が多い。

 しかしこいつら……いい若いもんが雁首揃えてお金を払っていかがわしいお店の薄暗い待合室に集まって、アホ面ぶら下げて性交渉の順番を待ってるのか……。どいつもこいつも本当にどうしようもねえ連中だな……。情けない。嘆かわしいね。

 俺もか! ダハハ!(どうしようもねえ)

 悪ノリしすぎたが実際はこんな余裕はなかった。心臓が飛び出るかと思うほど緊張していて、ティーサーバーから冷たいお茶を紙コップに注ぎ、それを飲み干してはトイレへ行き、トイレを出たらティーサーバーへ、という謎の往復をしていた。とても落ち着いて座っていられるような心境ではない。

 「n番様お入りで~す!!」

 俺の番号が呼ばれた。予定の時間を大幅にオーバーしているが、何かあったのかな。ちらと考える。しかし緊張がピークに達していてそれどころではない。足が震えている。俺、死ぬんじゃないのかな……。

 待合室にいるときに見ていてわかったことだが、客とサービス提供者の人は他の客から見えないようカーテンで仕切られたスペースで落ち合い、階段を上がって上階の個室に行くオペレーションになっている。いよいよカーテンの中に通された。もうどうにでもな~れ。

 「(源氏名)です~! 遅くなってごめんなさい。今日はご指名ありがとう~」

 しゃ、

 しゃ、

 写真と違う……!!(真っ白い光に包まれながら)

 貼られた画像と実物が違う。ただそれだけのことが俺にとって恐怖であり、同時に存在の証明でもあった(麻呂のAA) 完 

 完じゃないが。起こっている事態は簡単だ。(店名)のサイトに載っている(源氏名)さんの写真と、今俺の目の前に立っている(源氏名)さんが違う。違うというか、見た感じほとんど別人だ。なるほどこれがパネマジ(風俗用語。パネルマジックの略)ってやつね。OK余裕。想定内想定内。

 実体を伴う(源氏名)さんは、率直に言って写真の(源氏名)さんほど洗練されていなかった。少なくとも目元が涼やかではない。ただ(源氏名)さんの名誉のために書いておくと、決して不美人ではなかった。この点は強調しておきたいが、いずれにしてもネットで実在人物の見目形の美醜について言及するのはよくない。これ以上はやめよう。

 そしてもう一つ気付いたことは、(源氏名)さんはブルマを着用していなかった。ブルマ。大事なことなので2度言いました。ただこれも「(店名)の男性従業員はコスプレの指定を忘れる」とネットに書いてあったからね。予習済みです。なるほど、確かに忘れているね。いや忘れるなよ。ブルマをよ。

 ブルマの話はいいです(よくない)。「ふふ。じゃあ行こっか」(源氏名)さんに手を握られ、階段を上がる。し、知らない人と手を繋いでるよ……。頭が真っ白だ。手汗とか大丈夫かな。「n番様いってらっしゃいませ~!」腰のあたりの背骨がズキズキする。緊張が閾値を超えるといつもこうなる。俺、いったいどうなるんだろ……。大丈夫なのかこれ……。

 

 「(源氏名)さんはどんなきっかけでこの仕事を始めたんですか」

 「元々エッチなことが大好きやし、昔彼氏とラブホに行ったらマットがあったんです。それでこういうお店で技を身に付けたら喜んでもらえるかなあって」

 「なるほど……。ちなみにその技術を教えてくれる先生は、振付師や殺陣師みたいな専門の方がいらっしゃるんですか。男性? 女性?」

 「私の先生は男の人ですね。けっこう厳しくて、よく怒られました」

 「この仕事は稼ぎがいいと聞きますが、何かやりたいことがあるんですか」

 「それが、思われているほどお金のほうはよくないんですよ~。この部屋にある備品も自費ですし。やりたいことは……貯金? かなあ……」

 個室に着いてからはこんな調子で意外と落ち着いて世間話をしていた。(源氏名)さんは明るく活発で、気さくな人だった。昼間は大阪でアパレルの仕事をしていて、上にも書いたが大阪にはこういうお店がないので、通いでここに来ているという。知らない世界の話なのでいろいろ聞けて勉強になる。

 ただ身も蓋もない言い方をすると、どこまで本当かわからない。こういったサービスの提供者として想定される質問に対して事前に用意してある回答、つまり「設定」を喋っているだけかもしれない。だからここで話していることも、他の客に何百回、何千回と機械的に繰り返し話してきた当り障りのない内容で、今まさに仕事をしているのかもしれなかった。

 年齢もいわゆる吉原年齢というやつで、おそらくは設定よりもうちょっとだけ上だ。わからないが、俺と同い年くらいのように見えた。

 

 内容についての詳細はこの稿の意図するところではないので割愛するが、直接的な表現で結論を言うと俺は射精障害なので開始から終了までまったく性感が得られなかった。この薄々そうだろうなと思っていたことが実体験によって確定的になったことだけでも収穫があったと言える。

 あまりに何も感じないので開始から数分で既に傍観者のようになっており、天井に設置されたカメラから三人称視点で見下ろしているような妙な気分だった。ただ強調しておきたいのは(源氏名)さんはおそらくサービス提供者として何一つ落ち度はなかったということで、問題はすべて俺の心と身体によるものだったことだ。

 心因的なものについては、この行為は非常にデリケートで、やはり一定の精神的な結びつきがなければできないことだと思った。当然ながら(源氏名)さんと俺は初対面だ。互いのパーソナリティを何も知らない。コミュニケーションの問題でもあるかもしれない。このレベルのコミュニケーションをよく知らない人とするのは、俺は怖いし、苦しいと思った。

 所定の時間が終わる。帰りしな、「なんかごめんね。もっと練習するね」と謝られてしまった。「とんでもないです。今日はありがとうございました」と返す。(源氏名)さんは次の客が控えている。「n番様お帰りで~す! どうでしたか女の子のほうは!?」「ありがとうございます! またお越しくださいませ~!!」店を出た。

 

 今は経験で判断できる。もうこういったお店に来ることはないだろう。お金がもったいないし、何より心の健康によくない。

 この日は三宮のネットカフェで夜を明かした。ふと(源氏名)さんが「うちのお店は宿泊所がないので、連勤するときはこのベッドで仮眠を取るんです。そんなとき、少し寂しい気持ちになりますね」と言っていたのを思い出す。寝る。まんがを読む気にはなれなかった。

 

 「しかしソープランド、よう行かはりましたね。自分はそういうとこ絶対無理ですわ。行動力ありますね」

 「行ってみてわかったけど、俺も無理だったよ。それに行動力あるやつはこんな人生にならないだろ」

 翌日は朝から大阪にいた。滋賀から友人が来てくれたのだ。ゲームマニアで、初対面だがネット上で数年前から親交がある。静かな雰囲気の男だった。梅田ヨドバシカメラで待ち合わせ、そのまま大阪の街を歩く。なんとなく大阪は駅を出て少し歩いたらすぐ道頓堀川とグリコの看板なのかと思っていたが、どうやらそれは難波のほうだったらしい。

 「なんていったっけ。絶体絶命都市みたいな崩壊した街で、おっさんとエレン・ペイジ似の女の子が出てきて……」

 「The Last Of Usですか」

 「そうそうラスト・オブ・アス。あれもPS4でリマスターが出たじゃん。まだ1年しか経ってないのに」

 「最近は何でも完全版完全版でゲーム買うのもしんどいですね」

 お互いマニアなのでこんな調子でゲームの話題が多かったが、歩きながら主には人生の話をしていた。今までのこと、これからのこと。聞くところによると友人も雇用が安定しているわけではないらしかった。だからといってそのために何ができるわけでもない、とも。

 食べログで適当に調べた鶏白湯のラーメン店で昼食をとり、友人の案内で日本橋でんでんタウンを散策する。途中、有名な中古ゲーム専門店に立ち寄り、探していたWiiの零 ~眞紅の蝶~を見つけた。しかし心積もりより値段が高かったのでここでの購入は見送る。

 歩き疲れてからはファミレスに入り、話の続きというテイで安ワインを飲みながらただヘラヘラしていた。いつものパターンだ。「心が傷付く」がこの日のパンチラインで、友人も俺も笑っていた。俺たちどうすればいいんだろうな。

 

 夕暮れ、駅の構内で友人と別れた。名古屋を経由してバスで帰路に着く。家のある街に着いたのはちょうど日付を跨ごうかという頃だった。降車してすぐ肌寒さを感じ、関西は暖かかったなと思う。この日は俺の誕生日だった。またここに戻ってきたが、何年もいったい何をやっているのだろう。

 あとこの道中は移動時などに藤沢周平の用心棒日月抄シリーズを読んでいた。読むのが遅いので孤剣の序盤まで。青江又八郎はクールな男である。

 

 それからこの月はJR東日本中途採用に落ちた。転職者が何万人と殺到しただろうし、受かると思っていないから驚きはない。ほか8社ほどの書類選考に落ちた。

 

 10月

 「やり残したゲーム」というものがある。

 俺にとってはサンドロット地球防衛軍シリーズがそうだ。PS2時代にSIMPLE2000シリーズで1作目が出て、2000円とは思えないほど面白いということでマニアの間でずいぶん話題になった。続編の2で評価を不動のものにし(確か発売後mk2で異例の『S』ランクを獲得していた)、その後は鳴り物入りで次世代機のXbox 360にフルプライスで殴り込み。

 3は1のリメイクだったこと、このシリーズは「低価格のわりには面白い」という軸が少なからずあったことから3の評価はそこまで芳しいものではなかったが、オンラインマルチプレイができるようになった。マルチを追加したリメイクはその後も携帯機にプラットフォームを変えながら続いており、あけすけに言えばモンスターハンターの客層を取り込んでいる。

 「キャベツ刈り」と揶揄されることもあるが、00年代は強い自キャラが無限に出現する敵キャラを延々なぎ倒していくだけの3Dアクション、いわば真・三國無双クローンが大量に出た。地球防衛軍シリーズがこの無双クローンの一つとして埋もれることなく今日に至っており、逆に同人ゲームなどで地球防衛軍クローンを生み出すほどになっている理由というのは、考えてみるとよくわからない。

 ただ独自性ということで言えば、アクションではなくTPSだったこと、敵キャラのサイズ感が巨大だったこと、建物などの地形オブジェクトが自由に破壊できたこと、この3点の組み合わせがゲームにインパクトを与えていたというか、目新しかったように思う。

 どれも「単に低予算でそうせざるを得なかっただけ」で説明できる事柄だが、なんであれ「低予算でいいものを作る」という命題に対して、初期の地球防衛軍がここ15年くらいのゲームで幸福な解答の一つだったのは間違いないだろう。

 

 翻って、Wiiで斬撃のREGINREIVというゲームが出ている。2010年製。サンドロットが3年かけて任天堂と開発した。飛び道具を剣や槍に持ち替えた、いわばファンタジー版地球防衛軍といったゲームだ。特筆すべきはその操作形態。「神の斬撃は飛ぶ」というキャッチコピーで、プレイヤーはWiiリモコン(モーションプラス)を得物に見立て、モニタに向けて実際に振ることで敵を斬っていく。世代によっては「剣神ドラゴンクエストみたいなやつ」と形容するとわかりやすいかもしれない。

 「万人のためのゲーム」を掲げた第7世代の任天堂だったが、Wiiスポーツを始めとしたライトユーザー向けの体感ゲーム路線は好調だったものの、功夫を積み、万巻のソフトを積み上げ、やり込みを続けて幾星霜、というようなゲームマニアとはやはり相性があまりよくなかった。個別の任天堂製シリーズタイトルのファンは別として、めぼしいソフトの供給がなかったのだ。わざとターゲットから外されているのだから当たり前だが。

 そんなわけで各々好きなオールドゲームのVC配信時にWiiショッピングチャンネル電子マネーをチャージするだけの機械と化していた2010年ころのWiiだったが、そういう状況もあってレギンレイヴの発売は概ね歓迎をもって迎えられた。これは朧村正罪と罰 〜宇宙の後継者〜のときもそうだったかもしれない。2009年はシーン全体が豊作だったのもあるが、Wiiでもようやく面白そうなオンリータイトルが出てきたな、という印象があった。

 

 前置きが長くなったがこのレギンレイヴ(と罪と罰2)も2015年の初頭にWiiディスクソフトのダウンロード版がWii Uで配信された。これでWiiはめでたく用なしになったので、この機会にWii本体とディスク版を叩き売ってWii Uでじっくりレギンレイヴをプレイすることにしたのだった。キャラクターデザインは虫姫さまふたりのHACCAN氏。なんだか懐かしい。発売から5年、EDF2からは10年経ってしまっている。

 シリーズのセオリー通り、まずはノーマル、ノーマルで苦戦するステージはイージーでストーリーモードをクリアしていく。昨今はFPSの普及でストーリーモードのこともソロとかキャンペーンと呼ぶことが増えた。当時のデータで15面くらいまでは進めてあった(セーブデータの移行がSDカードを使うしかないのには閉口した)ものの、もう内容を覚えていないので違う難易度で1から進めていく。

 全63面、通しで20数時間ほど。ストーリーは概ね北欧神話に忠実なものになっていて、シリアスでともすれば重苦しく感じられる展開が続く。人間たちは民族の壁を越えて互いに手を取り合い、神々の力も借りながら懸命に戦うものの、最終的にはラグナロクを避けることができず、すべての世界が滅び、人間、神々、巨神族の全員が死に絶え、エンディングでちょっとだけ幸せなシーンが挿入されておしまい。なかなか面白かった。

 本来ならここで終わりにしてもよかったものの、趣旨が「地球防衛軍にケリを付けたい」だったので、すぐ上の難易度にはしごをかけていった。レギンレイヴは「ある程度準備が整ったらすぐ強い武器を落とす高難易度の後半面に挑戦」というおなじみの行動ができない。地球防衛軍と違って武器がランダムドロップではなく、敵を倒すたびに出現する結晶を手動で回収し、結晶の数や種類に応じて任意で武器を作成していく仕様になっているからだ。

 このため低難易度から順番に星を付けていくことになるのだけど、自機がフレイとフレイヤの2種類、難易度が5種類(イージー、ノーマル、ハード、ハーデスト、インフェルノ)なので、完全クリアを目指す場合単純に10周することになる。入手できる結晶の数と難易度の上昇はハードまでは概ね比例していて、ハーデスト中盤から徐々にインフレを起こしていった。いつもの調整といえばいつもの調整だが、よくできている。

 つまり最後のほうは意図的な稼ぎプレイで強い武器を作らないとどうにもならなくなるのだけど、結晶稼ぎは完全な作業で苦痛な反面、武器の作成はいわゆるツリー形式のもので、掘り進めていく(枝を伸ばしていく)のが楽しくもあった。「あの武器を作ればあの面のあいつを瞬殺できるかも」というワクワク感がある。

 フレイ、フレイヤの双方とも最終武器を作り、それでも終盤数面のハーデスト、インフェルノはまったく歯が立たなかったので、それをもって一旦の区切りとした。プレイ時間は180時間を越え、達成度は87%ほど。この先はさらに長時間の結晶稼ぎをしてアーマーをバキバキに鍛えるか、Wiiリモコン+ヌンチャクで確実に神速キャンセル攻撃が出せるようになるまで練習するしかない。

 

 結局目玉のWiiリモコンとヌンチャクを使ったフィジカルな操作形態についてはほとんど利用することがなかった。単純に手が疲れるので長時間の連続プレイには向かないことと、Wii U GamePadクラシックコントローラとして認識されるのでそのほうが楽だったからだ。上にも少し書いたがダッシュの入力がヌンチャクを任意の方向に突き出したときの加速度で判定されるのも曲者だった。これが高確率でバックステップに化けてしまう。

 プレイヤーがインターフェースを選択できるよう、Wiiリモコン+ヌンチャクでは剣、大剣、鎚、王笏が使いやすく、クラシックコントローラでは槍、弓、杖が使いやすい、というように差別化することで一応の配慮がなされているのは良かった。鮮やかな移動や連続攻撃はできないものの、後者はほとんど通常のFPSと変わらない操作になる。

 残すところあと数面となれば疲れるほど長時間プレイすることもないし、今後は気が向いたときにアーマーの強化がてらWiiリモコン+ヌンチャクを練習するのもいいな、と思った。ディスクレスで起動しやすいのはダウンロード版の恩恵だ。オンラインモードが終了しているのは残念だけど、発売時もマルチはやっていなかったから特に問題はない。

 2010年でもチープなグラフィック、OFFにできないシステムボイス、解像度の低い動画を再生するだけのチュートリアル、最適化されているとは言いがたいカメラの仕様などなど、「よく任天堂がこれを通したな」と思う箇所はあるものの、全体的には斬撃のREGINREIVは良いゲームだった。中毒性が高く爽快感のある、地球防衛軍シリーズの傑作だ。

 新作はグダグダになっているそうだしマンネリ化しているシリーズだけど、あのときEDF2や次世代機の3に感じた興奮であるとか、「Wiiにはレギンレイヴがあった」という心残りを自分の中で解決できたのが何より良かった。

 

 この月は他にも何本かのゲームをプレイした。罪と罰2は難しすぎてイージーでも通しでクリアできなくなっていた。以前はミサイルをほいほい斬って返していたような気がするが。Wii VCのパルスターとブレイジングスターについては、機会があればまた稿を改めて詳しく書きたいと思う。

 

 それからこの月はUR都市機構の関連会社の中途採用に落ち、ほか10社ほどの書類選考に落ちた。あと自治体がやっている公園のボランティア清掃に参加した。これらについての感想は特にない。

 

 11月

 よく覚えていない。月の半分は実家にいた。

 志望動機を作って求人に応募して、ということをしていると宙に浮いたように時間が過ぎていく。俺の発揮するパフォーマンスがかなり落ちているのは間違いないが、そもそも正常なパフォーマンスを発揮していたのはもう遥か昔のことのような気がするし、それが果たして正常だったかどうかもよくわからない。おそらく人と比較して高いものではなかっただろう。

 CCNALPICと英語の参考書を買い、手慰みに学習するというようなこともしていたが、やるにしても実際に試験を受ける期日を決めてそれに向かって確実に受かるようにやらないことには身に付かないな、と思った。

 

 スプラトゥーンのギア厳選に手を出し始める。

 解説しておくとスプラトゥーンには「ギア」と呼ばれる着せ替え要素があり、アタマ、フク、クツと3つの部位にそれぞれギアを装備できるようになっている。このギアには例えば攻撃力アップ、防御力アップ、スピードアップなどのようにゲーム中で有利になるギアパワーが設定されており、プレイヤーはこれを念頭に置きつつ各々のプレイスタイルに合わせて任意にギアを選択するのがゲームの重要な要素の一つになっている。

 ここで、メインとなるギアパワーとは別にサブギアパワーという小さなスロットがさらに各ギア3つずつあり、メインギアパワーが固定なのに対して、サブギアパワーは試合の勝利時に配布されるポイントに応じてランダムで決定される。イベントアイテムかゲーム内のお金を消費することで一応再抽選できるもののこれもランダムなので、つまりサブギアパワーはプレイヤーが任意に選ぶのはかなり難しい仕様になっている。

 これはスプラトゥーンというよりWii Uの仕様上の問題なのだけど、「Wii UにUSBストレージを接続した状態でサブギアパワーの再抽選を行い、期待した結果にならなければ本体メモリからセーブデータを復元する」という手順で、時間こそかかるが事実上アイテムやお金を消費せず欲しいものが揃うまで再抽選を行い続けることができる。このことを俗に「バックアップ厳選」と呼ぶ。

 発売から比較的早い段階で発見されていたテクニックで、「厳選」はポケモン用語から転じたものだろう。せっかくHDDがあるのだから利用しないともったいない、という動機で俺も試すことにした。結局武器はあまり目移りせずわかばシューターに収束してきていたので、まずはそれに合ったものを。11月時点で追加されていた全ギアから最も好ましい組み合わせを選び、バックアップして厳選。1日で終わった。

 バックアップはゲーム機の仕様を突いたものであることからバッドマナーとするプレイヤーもいて、いろいろ意見があるのだけど、個人的には特に不正という感じはしない。というのも、これだけ技術介入度が高いゲームだと例えサブギアパワーが揃ってようと弱いプレイヤーは弱い(俺とか)し、極論すれば強いプレイヤーは初期装備でもS+99でカンストし続けるので、特にゲームの公平性を損なうようにも思えないからだ。

 俺自身「サブギアパワーが揃ってると見栄えが良いし何となくやりやすいような気がする」という程度で、それが試合の決定力になったと感じたことは今まで一度もない。言ってしまえば「わざわざ時間かけてご苦労さん」くらいのもので、そこまで目くじらを立てるようなことでもないだろう。

 

 スプラトゥーンはこの時点で既にけっこうなプレイ時間になっており、ヒーローモードはクリア、ミステリーファイル全回収、フルパワーアップを終え、ガチマッチやジャイロ操作にも習熟し、イベント参加も複数回、友人知人とマルチプレイを行い、少なくとも「やったことがある」と言えるレベルにはなってきていた。

 俺のゲームプレイにおけるモットーは「仕組みがわかれば良い」なので、ギア厳選の完了を目処にプレイは終息する方向で考え始める。厳選はバックアップ法とは別にダウニー注文法というのがあり、これはオンラインで午前0時に行われる再抽選を繰り返すやり方だった。おかげでこの頃からスプラトゥーンは日付変更と同時に起動してダウニーを確認、場合によっては1試合3分のゲームを数回やって終了、というサイクルになった。

 

 実家にいる間、久々に3DSを起動していた。9月末に洞窟物語3DS版が配信されていたからだ。今さら説明も必要ないが原作は2004年に公開された伝説的なフリーのインディーゲームで、2011年にはDSiウェア版として日本では初の家庭用ゲーム機への移植がなされるも、だいたい同時期に出たあまり出来のよくない3Dリメイクの権利の関係でたった半年で配信が終了してしまったという出来事があった。

 俺はこのときDSiウェアを起動できる環境(DSiDSi LL3DS)を持っていなかったのでダウンロードできなかったのだけど、このことがとても心残りだったので今回の配信は素直に嬉しかった。

 が、血塗られた聖域どころか最後の洞窟・裏も満足に抜けられないという体たらくながら、結論から言うと3DS LLでも画面は小さく感じるし、思った以上に十字キーでの操作がやりにくかったことと、翻訳がところどころおかしい。今後アップデートされることもないと思うので、これからやる場合は素直にSteamのCave Story+に日本語化パッチを当てるのがおそらく一番いいだろう。XBLA版がついに出なかったのは残念だった。

 

 3DSはほかにNewラブプラス+で熱海旅行と、新しく追加された江ノ島旅行の確認をして、ミニゲームぱずるだまで隠しキャラの詩織を出したりした。

 ラブプラスは恋人パートだとゲームというより環境ソフトに近いものになるので、リアルタイムモードの場合日付変更と同時にその日の予定を入力して就寝、次の日付変更までに起動して結果を確認、というサイクルになり、デートの予定がなければ1日のプレイ時間は5~10分ほどで済む。長い時間がかからないのはありがたかった。

 ラブプラスはもはやすっかり時代の徒花というか、00年代の残り香のようなタイトルになってしまった。5年前、狂騒の中で裸眼立体視とさらに進化したテクノロジーの粋を備え、発売を熱望されたNewラブプラスと、いわゆる9.18事件で発売前から今度こそコンテンツの終焉を感じさせていたアイドルマスター2のことを考えると、結局すべて結果論だなと思う。

 ギャルゲーは終わり、ラブプラスの蒔いた種はこういう形で芽吹きはじめている。俺がこの歴史に直接影響を及ぼすことはおそらく今後一生ないが、人生は続く。

 

 この月は転売で少し利益が出た。80万ほどあった貯金が11月時点で1/3程度まで減る。預金のほとんどを定期の口座に移した。

 

 12月

 生活に必要のない活動はこれといって何もしていなかった。

 手間取ったが準備をして実家に引っ越す。埒が明かないし、年末年始は物量が増えることから、配送関係の事業所で期間従業員を2つほどかけもちすることにした。時給は安く、1月中旬までの契約なものの、昼と深夜合わせて10万円以上は稼ぐことができる。

 

 9月に医者で受けた検査の結果がようやく出たが、相変わらず白とも黒とも言わないし毒にも薬にもならないような結果だった。薬は飲んだほうがいいということだったものの、値段が高いので2016年からは自立支援医療に申し込んで費用を抑えることにした。住民票なども特に必要なく、印鑑のみの簡単な手続きで済む。

 風邪を引いたら内科に行くのと同じ程度の話で、単純に俺が「心療内科に通院する」という行為に特に抵抗がないのもあるが、意味があるのかどうかは正直未だによくわからない。主治医曰く「簡単にいえば重症度から順に認知症、精神病、神経症の3段階に大別することができるが、あなたは一番下のレベルで、認知に偏りがあるのはおそらくそうだが、具体的にどうということは言えない」といういつもの診断だった。

 たまに思うのは、他人の異常性をことさらに指摘する場合、じゃあお前は自分が正常だと言い切れるか? またその「正常さ」はいったい何を以って判定して、その判定をどうやって保証するんだ? ということなんだけど、こういう考え方がそもそも異常なのかもしれない。

 

 仕事は何の問題もなく人とコミュニケーションをし、目と手の運動をしていて、嫌なことも楽しいことも特になかった。あったかもしれないがよく覚えていない。事業所の休憩所で仮眠を取りながら年を越し、2015年は終わった。

 来年もやることは無数にある。歓喜に向かうより苦痛を減らすことを考えている。