トルネードうんこ

 

 別に日記ではないのだけど備忘録として書き残しておく。

 

news.denfaminicogamer.jp

 

 登場するのがもはや歴史上の人物ばかりでアレだけど、

 

 

 このへんの伝説はWikipediaがなかったころもマニア系のゲーム雑誌や書籍で繰り返し語られてきていて、「オリジネイターの熱量」みたいなものに意識的に触れようとするとだいたい辿り着くようになっていた。正直、10代前半の俺にとっては非常に耳ざわりのいいファンタジーだったと思う。

 大局的な視点で見れば80年代後半のユースカルチャーは背景にバブル経済団塊ジュニア世代の人口ボーナスがあるし、ゲームセンターはどこまでいっても都市の文化なので俺の人生とはまったく重ならないんだけど、10代のころ「パックランドでつかまえて」の風景に憧れていたのは間違いなかった。アホやね。

 

 2002年に紅魔郷が出て、ZUNという人は天才だったのでその後現在まで続くムーブメントに発展していくんだけど、東方Projectは裾野が広がっていく過程で独立したシーンになってオールドスクールなゲームマニアのものではなくなっていった(いいことである)ので、歴史的な観点で顧みられることが少ない。

 「僕が作る作品は、今まで僕が見聞きしてきたものの二次創作みたいなもの」という発言にもあるけど、比較的初期の東方(ここではWindows版の最初の3作を指す)は先行する優れたアーケードシューティングからの引用が数多くあり、一見して「ああ、すごいマニアが作ってるな」というのがわかるものになっていた。

 普通はそこで終わりなんだけど、特筆すべき点は彼はその古き良き時代であるとか、滅びゆくものの輝き、廃れゆくものの儚さ、そういった情感をこの国の民俗や伝承とかなり高い次元で融合させることで「もののあはれ」にまで昇華してみせたということで、その表現は確かにゲームでしか成しえないものだったと思う。

 だから俺にとって東方Projectは幽玄な引用の織物、ZUNはゲーム文化を二次創作して再定義した男、という感じで深く印象に残った。センシティブな用語なので使うのがためらわれるけど、あれこそナラティブだったのでは? と思うこともある。

 

 余談だけど、俺はこういうわりと限界なことを考えながら大学に入ったので、講義中に後ろのほうの席でGBAエミュレーターポケモンルビサファをやっているアホとか、ゲーム制作サークルで魔理沙は大変なものを盗んでいきましたを熱唱しているオタクとか、そういうので大学生活に深く失望してしまった面があった。

 別にそれが原因で中退したわけではないし、他にもいろいろあったんだけど、言えることはとにかく未熟だった。19、ハタチくらいはまだアイデンティティの問題で不安定になりやすい年代だし、理想と現実のギャップに苦しめられやすい。それにしても未熟だったと思う。かといっていまが成熟した大人かというと全然そうでもないのが恥ずかしいところ。

 

 NieR:Automataは実質Project RSというか斑鳩の精神的続編だったけど、「生きるということは恥にまみれるということだ」というのはとても堪えた。そのとおりだよな。

 

 何が言いたいのかわからないブログになったので下書きに沈めておこうと思ったけど戒めとして公開しておこう。恥にまみれていけ。